動物学者ダイアン・フォッシー生誕82周年、Googleロゴも変更 類人猿の研究に捧げた生涯とは

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今日のGoogleトップページに目を奪われた方も多いだろう。紺を基調とする色彩で描かれた高山やジャングルからなる豊かな自然、記念日にあわせてロゴが変更される「Google Doodle」によるものだ。

画像をよく見ると、右下で書類に目を落とす一人の女性に気付く。この人物こそ、今日で生誕82周年を迎えるアメリカの動物学者、ダイアン・フォッシーである・・・って、どなた?

 

動物学者ダイアン・フォッシーの経歴

 

Louis_Leakeyダイアン・フォッシーは1932年1月16日、アメリカ・カリフォルニア州はサンフランシスコに生まれた。高校卒業後、獣医を志してカリフォルニア大学デービス校に入学、獣医学を専攻する。しかしながら彼女が獣医の道に進むことはなく、大学卒業後はセラピストとして病院勤務を始めた。

しかしながら、一本の講演が彼女の人生を変える。講演の主はルイス・リーキー(右写真)。配偶者のメアリーとともに人類学の研究を行い、タンザニアのオルドバイ渓谷で人類のアフリカ起源説を裏付ける化石を発見したことで知られる人物だ。

リーキー博士の講演はフォッシーの動物への情熱に再び火をつけた。フォッシーは単身アフリカへ飛び、タンザニアで調査を続けるリーキー夫妻を訪ねた。訪問者の真剣な態度を見たリーキー夫妻は、ついに彼女を受け入れる。夫のルイスはフォッシーに対し、類人猿研究の方法をレクチャーした。

かくしてフォッシーによるマウンテンゴリラの生態系の調査が始まった。彼女はゴリラと生活を共にするという当時としては異例の方法でフィールドワークを行い、ゴリラの生態系を詳らかにした。

1976年、フォッシーはケンブリッジ大学で博士号を取得する。博論のタイトルは『マウンテンゴリラの行動』。彼女の生涯をかけた研究の賜物であった。

ところが1985年、彼女は何者かによって殺害される。犯人は今なお不明とされる。才能ある生物学者の突然の死であった。

 

なお、ダイアン・フォッシーの18年間にわたるフィールドワークの様子は、映画『愛は霧のかなたに』(右写真)で描かれている。調査における困難やゴリラとの交流を描いたヒューマンドラマだ。興味のある読者はご覧になってみてはいかがだろうか。

 


photo: Wikimedia Commons

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