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ヒトラーにただ1人敬礼しなかった男の1枚の写真

以下の有名な写真をご存知だろうか?この1枚の写真は、昨年からワシントン・ポストやフランスの週刊誌「レクスプレス」などで大きな話題を呼んでいるものだ。

彼の名はアウグスト・ランドメッサー。仕事を探し求めてナチスに入党した彼は、1936年6月13日に、ハンブルクの港において新しい戦艦の出航を祝うために集まった群衆の中、ただ一人ナチス式の敬礼を拒んでいる。

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なぜ彼は拒んだのか?

25歳の彼には、それをおこなわない個人的な理由があった。彼は、この写真が撮られた1年前の1935年に、22歳のイルマ・エクラーと結婚したからだ。エクラーはユダヤ人だったのだ。ランドメッサーは、同年にナチ党から除名され、2人はデンマークへと逃亡を試みたが、1937年に逮捕された。

2人は強制収容所に連れて行かれ、ランドメッサーは、1941年1月19日に釈放されてからしばらくの間、運送会社で働いていた。しかし、彼はその後に前線へと送られ、1944年10月17日にクロアチアにおいて戦闘中に亡くなったと考えられている。また、妻のエクラーは幾つかの収容所を移動させられた後、ベレンブルク安楽死施設へと連れて行かれ、42年に亡くなったと考えられている。夫婦にはイングリートとイレーネという2人の子供がいたが、孤児院に送られた。実は、この写真はこの二人の娘のうちの1人が、1991年に出版されたドイツの新聞の中から自らの父親の姿を発見したことから広く知られるようになったのだ。

その後

父母の逮捕後、イレーネは里親の家へと預けられ、 イングリートは母方の祖母と暮らすことを許された。祖母が亡くなった1953年からは、彼女も里親の家へと向かっている。彼女たちの元には、1942年1月までエクラーから手紙が来ていたという。

また、ランドメッサーら2人の結婚は1951年の夏に、ハンブルグ議会の上院において正式に認められた。そして、その年の秋にイングリートは彼女の姓を「ランドメッサー」へと戻した。

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