オーレン・M・レヴィン=ヴァルドマン

オーレン・M・レヴィン=ヴァルドマン

メトロポリタン・カレッジ・オブ・ニューヨーク大教授。専門は公共政策・行政。福祉改革や労働市場の問題、失業保険など幅広い政策課題に取り組んでいる。

不平等は過去30年以上に渡って増加しており、最近のアメリカにおける国政選挙で広く議論される問題となっている。

程度の差こそあるが、常に勝者と敗者が存在する市場経済において、所得格差は問題ではない。市場において、何かしらの意思決定をすることや、その意思決定によって報酬を得ることは個人の自由であり、結果として他人よりも多くの報酬を得る人もいる。

誰もが同じように天賦の才を持っているわけではないため、我々がみな平等になることはできない。特定のスキルや能力を持っている人は、多くの場合それらを有していない人よりも報酬を手に入れることが出来る。また専門的な訓練を受ける学校に通った人々は、そうした教育を受けなかった人よりも多くの収入を得る。

2つの階級が生まれる

要は、スキルワーカーはそうでない人よりも多くの収入を得るだろう、ということだ。従って、ますますグローバル化する経済の中で2つの階級が出てくる。高い賃金を稼いでいるスキルと教育を身に着けた労働者と、スキルもなく貧しい教育を受けた底辺の賃金しか得られない労働者だ。これが、不平等に陥るかどうかの境界線なのだ。

更にこの傾向が続くと、富裕層と低所得層の差が広がっていくばかりだ。

しかし異なるレベルにおいて、所得格差が物語っているのは、中間層の消失である。不平等それ自体は大きな問題ではなく、むしろ不平等の増加率こそが問題なのだ。

本記事では、不平等の増大が中間層の減少を呼び起こして、それが民主主義への脅威となることを論じていく。

増加する不平等

所得格差の拡大は、形のない概念である。所得格差について述べる時、大抵は富裕層と低所得層の差について述べられることが多い。そして、その問題の大きさは、測定方法によって左右される。

例えば、上位20%の富裕層と下位20%の低所得層の比率によって計測される一般的な所得格差には、所得収入だけでなく全ての収入が含まれる。

富裕層の所得には、賃金や利子、配当所得が含まれている。低所得層の所得には、補助金や現物援助として提供される所得補助が含まれており、彼らの賃金を引き上げたり購買力を高めたりする効果がある。低所得層には、公的扶助制度か就業不能保障制度(あるいはその両方)があり、彼らの賃金に補助が加わることが多い。

それゆえ、賃金所得は所得格差をそのまま表したものにならず、富裕層と低所得層の格差は小さくなる傾向にある。

拡大する所得格差

この数十年で、一般的な所得格差は拡大している。分布の最上位にいる人々の所得が増大している一方、底辺にいる人々の所得は実質的に減少している。

1973年以前、アメリカにおける所得分布の下位20%にある世帯所得は、他国における世帯所得と比べて急速に成長していた。1973年以降、アメリカの低所得世帯は実質所得の確かな減少を経験しており、中でもそれは1970年代後半から1990年代中盤まで顕著となった。

1979年から2007年まで、上位1%の富裕層が60%に及ぶ所得増加に至ったのに対して、90%の低所得層の増加はわずか9%に留まった。(Belman and Wolfson 2014)

特に1980年以降の所得格差は2000年代、最上位10%の人々の所得が国民所得全体で4-50%を占めるほどに上昇したことで、爆発的に大きくなった。

それにもかかわらず最近では、他の人々を引き離して極端に高い報酬を得ている「スーパーマネージャー(高報酬を受け取る大企業経営者層)」のサブクラス層が出現したため、全体的な所得格差の問題は過小評価されている(Hacker and Pierson 2010; Piketty 2014)。

データが示す所得格差

未だに、国勢調査データでは個人所得が100万ドルまでしか報告されておらず、現在の人口調査(CPS)データに基づいて、富裕層とそれ以外の人々がどれほど引き離されているのかは分かりにくい。100万ドルを超える所得は事実上除外されており、国勢調査データに基づく所得格差の研究はこの問題を過小評価しているのだ。

研究者が、90/10や90/50、50/10といったパーセンタイル(百分位数)による計測方法を好んで使用する理由は、ここにある。

表1は、2002年から2014年の世帯収入に基づく所得格差の上昇について、これらの指標に加えて、富裕層と低所得層のクォンタイル(五分位)比と共に示したものだ。(訳注:例えば、100個の値があったとすると、50パーセンタイルとは小さい順に数えて50番目の値。90/10であれば、[小さい方から数えて90個目の値=富裕層の所得]と[小さい方から数えて10個目の値=低所得層の所得]を比較したもので、格差の大きさが示される。)

表 1、家庭所得格差の一般推移


90/10 percent ratio 90/50 percent ratio 50/10 percent ratio Top-to-bottom quintile ratio
2002 9.2 2.5 4.0 14.2
2003 10.2 2.7 4.0 14.3
2004 11.4 2.6 4.4 14.9
2005 11.5 2.6 4.3 15.2
2006 11.3 2.6 4.3 15.4
2007 11.5 2.7 4.3 15.4
2008 11.4 2.6 4.4 14.8
2009 12.9 2.7 4.5 15.7
2010 12.5 2.7 4.6 16.9
2011 13.2 2.7 4.8 16.9
2012 12.8 2.8 4.6 17.4
2013 13.0 2.8 4.7 17.6
2014 13.2 2.8 4.6 17.5
Change +32.6 +16.7 +15.0 +23.2

所得格差は、明らかに拡大している。90/10および90/50パーセンタイルの上昇は、富裕層が他の人々を引き離しているという議論を支持するだろう。これが事実上問題を過小評価していたとしても、富裕層と低所得層のクォンタイル比は、富裕層が中間層を引き離していることを示している。

民主主義への脅威

民主主義の理論は、自由で平等、そして自律的な個人を前提としている。人により民主主義の意味は異なるかもしれないが、民主主義の理念は、全ての個人が平等であることに基いている。

これは全ての個人が法の前では平等であり、他者と同じように投票権を持ち、自らの政治的立場を表明し、そしておそらく最も重要な点は、それが実際に用いられるかは別にして、政府の行動に対して平等の影響力を行使しえるという潜在的能力を有していることを意味する。

そして、すべての市民は統治機構に対して、平等にアクセスする権利がある。アメリカの民主主義を特徴付けている、この理論的構成概念において、財産は個人の立場と無関係である。金持ちも貧乏人も、政府の前では平等な存在なのだ(Hacker and Pierson 2010)。

この平等の概念は「手続き的平等」と呼ばれており、資源や富、そして所得がどのように分配されるかという問題に関するものではなく、個人が他者との関係性の中でどのように置かれるかという問題に関するものである。個人は、法的条件と政治的立場の平等があってはじめて、他者よりも多くの富を得ることができる。

「手続き的平等」は民主主義社会にとって特に重要だ。なぜならそれは、民主主義が成立するための必須条件である個人の自由を保証するものであり、それは個人が自律的に機能するために必要な条件でもあるからだ。人々の自律性が高いほど、彼らが民主的なプロセスに参加する可能性は高まる。

個人はその目標や目的(すなわち自己利益)を自由に追求することができ、彼らの追求は、他者がそれらを追求する能力を妨げない限りにおいて認められている。非常に基本的な意味で、そして古典的な政治思想の文脈において、これは個人の独立性や自律性として語られてきたことだ。

しかしながらトクヴィルが観察したように、経済的平等について何らかの尺度がない限り、真の政治的平等は存在しない。なぜなら、貧しい人々が山積している社会は危険なものとなる可能性が高いためだ(Zetterbaum 1987)。したがって、経済的な不平等は手続き的民主主義における深刻な問題となる。

なぜ不平等は民主主義に危険なのか

ではなぜ、民主主義にとって不平等が危険になり得るのか?

アセモグルとロビンソン(2006)によれば、社会的動揺はしばしば不平等の結果にある。そして、エリートと市民の間の不平等が深刻な社会では、社会的変化が生じやすい。社会がより均等になるほど、大衆が民主化を要求する可能性は低くなる。

深刻な社会の不平等は民主化を要求するため、革命の脅威へと結びつく。そのためエリートは、彼ら自身の利益のために、参政権を拡大することで民主的移行を起こそうとする。この移行は、革命の脅威を抑えて現状を効果的に維持したまま、最終的にエリートの権力基盤を維持することに繋がる。

しかしエリートは、革命の脅威を逃れるために必要な程度にしか民主化を進めない。大衆の圧力を弱めて、彼らの能力を弱体化させることで、民衆の力を効果的に削ぐことができるためだ。

民主化とは、公正な手続きを通じて声を上げることだ。しかし民主化は、結果の平等を達成することを目的とした資源の再配分を通じて、より大きな平等を達成することを意味すると言えるだろう。

このように再配分への圧力を抑制することから、経済的平等は民主主義を効果的に促進する。それらは大衆革命の副産物として生まれるかもしれないし、権威主義体制を生み出すこともある(Boix 2003)。

民主主義制度における富の不平等な分配は、大衆による再配分の要求と極限まで増大する税金をもたらしていく。だが政治体制が税率についての”民主的な投票”に応答していない場合、何がおこるのだろうか?

真に民主的な体制は、大衆の利益のために裕福なエリートを引きずり下ろすのではなく、再分配を目的として高い税率を設定するだろう。民主主義では、誰もが中位投票者定理として知られている理論に従って、税率への投票を決定していく。社会における平均所得と中央値の差が拡大することは、不平等の拡大を示している。その格差が大きいほど再分配を求める声は大きくなり、税率が効率的に決定されることとなる(Meltzer and Richard 1981)。

しかしながら個人のレベルで考えた時、富と所得の不均等な分配は、個人が民主的プロセスに参加する能力に悪影響を与える可能性がある。富と所得を持たざる人々が、それらを持つ人々と同じように政治・政策当局にアクセスすることが出来ない結果、手続き的不平等が生じていくからだ。

富の集中が高まるにつれて、エリートは政治や何らかのイデオロギー的な目標を達成するために富を使うことができる、より有利な立場に置かれていく(Bachrach and Botwinick 1992, pp.4-5)。所得分布の上位に位置する富裕層は、しばしば無節制な権力を有しており、再分配を制限するだけでなく、より多くのリソースを持つ人に有利な形でゲームのルールを形成していく(Stiglitz 2012)。立法機関が裕福ではない有権者よりも裕福な有権者に対して応答的であることは、様々な研究によって明らかになっている(Bartels 2008; Gilens 2012; Volscho and Kelly 2012)。

不平等、なかでも極端な貧困は、最終的に我々から、ある種の自由であるケイパビリティーを奪うことになる。所得分布の底辺にいる個人が貧しいと言えるほど、貧困は個人のケイパビリティを奪っていく。したがってケイパビリティの観点からは、「自身が価値あると判断できる人生を送っているという実質的な自由」(Sen 1999, p.87)をその人が持っているということが、個人の優位性を判断する上で大きな問題である。

こうした自由は、個人の自律を基礎付けている。より多くのリソースを持つ人は、自らの目標や目的を追求することができるが、それが僅かな人は、自らの目標や目標を追求する能力が限られていることがあるのだ。

個人の目的や目標を追求する能力は、異なる理由からも民主主義にとって重要である。特にその正統性と権力が人々の同意に由来するような民主主義は、個人が十分に理性的である、すなわち公共の場で討論し、責任ある方法で能力を行使できるという前提を置いている。もし、彼らが合理的な方法で討論できなければ、それが政策議論であろうが代表者の選出であろうが、彼らは実質的に参加していないことになってしまう。

民主主義は、人々が適切な社会を目指して主体的・能動的に能力を発揮すること(agency)を求めるため、行為主体性(human agency)が守られなければならない。しかしこの行為主体性は、基本的な物質的ニーズが満たされていることを前提としており、富と所得の格差拡大はほとんど想定されていない。

また民主主義は、人々の間に信頼関係があることを必要とする。しかし所得格差の拡大は、政治的な疎外を経験してシステムが公平でないと感じる底辺の人々を中心として、様々な集団の信頼関係を脅かすと言われている。ソーシャルキャピタルは社会を結びつける接着剤であるが(Stiglitz 2012)、もし個人が経済的・政治的システムを不公平であると感じるならば、その接着剤はうまくいかずに、社会は機能していかないだろう。

信頼関係のある国民は協調的になる傾向があり、かつ、信頼感を抱いた国民を有する政府は腐敗が少なく、紛争も減り、応答性が高まる傾向が見られる。(Uslaner 2008)

不平等が市民参加に及ぼす影響

所得格差は、制度や政治的アクターが異なる所得水準にどのように対応しているかという点で民主主義を歪めるだけでなく、市民参加に作用するソーシャルキャピタルの発展に、大きな影響を与える可能性がある。

民主主義は、単なる投票行動だけでなく、市民が地域社会へ積極的に参加することを必要とする。ソーシャルキャピタルの基盤となる考え方は、社会関係の親密なネットワークに埋め込まれた市民的美徳(civic virtue)こそが最も効果がある、というものだ。アメリカの市民社会は、アメリカ人が自発的に組織に参加して、結合的な生活を送ることで形づくられている。そして、これらの組織を通じて、彼らは地域社会が抱える問題に関与していく(Putnam 2000)。

所得格差と市民参加の関係に関する研究で、レビン・ウォルドマン(2013)は、2008年において異なる所得水準にある世帯の個人が、市民参加の度合いが異なることを明らかにした。そこでは、市民参加について6つの尺度が考慮されている。政治についての日常的会話、新聞を読むこと(政治についての知識と関心を話すことが意図されている)、抗議活動への関与、政治的会合への参加、公的機関への訪問、市民団体への参加である。

年間10万ドル以上を稼ぐ世帯は、すべての基準で年間3万ドル未満を稼ぐ世帯よりも参加率が高いことが明らかとなった。所得分布の最上位層は、必ずしも年間3万ドルから9万9999ドルまでの世帯よりも高い結果になるわけではないが、年間3万ドルから5万9999ドルの世帯は、年間3万ドル未満の世帯よりも政治参加の傾向が非常に高まる。

3万ドル以上の所得がある世帯の個人は、市民参加は劇的に高まると言える。これらの違いは、中流階級に加わることが市民参加の度合いを押し上げることを示唆している。加えてロジスティック回帰分析の結果として、より高い所得の人々は市民参加に加わる可能性が高まり、最低賃金以下の人々はその可能性が最も低いことも明らかになった。

所得の不平等が市民参加に悪影響を与えること以外にも、それは政治的アノミー(無規範)に結びつく可能性がある。世帯間の所得格差が拡大するにつれて、中央値未満の世帯は社会的規範から距離を置くことになる。同時に所得分布の最上位にいる人々も、彼ら以外の人々との大きなギャップを感じていく。

分布の最下層にいる世帯は、ますます社会のメインストリームから離され、そのことで疎外を感じていくだろう。多くの資産を持つ人々は、彼らを価値のない異質なものと見なすかもしれない。このことは、政府の機能と潜在的役割に対する市民の見方にも影響を与えるだろう(Haveman, Sandefeur, Wolfe, and Voyer 2004)。貧しい人々は、政治参加の傾向をますます低下させるため、より大きな社会的疎外を経験する。こうして、彼らは共通の利益からますます離れていくだろう。

しかし結局ところ、社会的孤立から生まれる疎外感は、彼らが共通の政治的プロジェクトに参加しても何の利益も生み出さないという結論になりがちなため、政治参加を生み出すことは殆ど無い。資源が不均等に分配されている場合、富裕層と低所得層の双方が、互いに同じ運命を共有していると感じなくなる。こうして彼らは、異なる背景を持つ人々を信頼しなくなってしまう。

不平等性が高い場合、人々はその運命を自ら決定することに楽観的でなくなる。不平等の増大は、信頼の欠如による政治参加の低下を招いていく(Uslaner and Brown 2005)。

結論

不平等の増大により、民主主義への深刻な脅威が生まれていることは明らかだ。民主主義の脆弱性に左右されるため、不平等が民主主義に対してどのくらい破壊的であるかを確実に予測することはできない。しかしアメリカでは、選挙による代表者がもはや全ての人々を平等に代表しておらず、民主主義の明らかな侵食が見られる。

資産を持つ人々、中でも政治運動に関わる人々の声が、ますます反映されていく。一方で持たざる人々は、ますます政治から締め出されていることに気が付いている。脆弱な民主主義国家では、政府の応答性は不安定だ。そしてアメリカでさえ、様々な社会的抗議運動でこうした兆候が見られる。

2016年の選挙結果は必ずしも所得格差の拡大に対する反応ではないが、明らかにそれは、所得格差の拡大という症状が生まれている経済情勢に対しての反応であった。

具体的に言えば、賃金の上昇と雇用の創出をもたらすことができなかった政界のエリートに対して、明らかに有権者は反撃を加えた。有権者は、少なくとも修辞的には、国境の開放や自由貿易に反対する候補者を選び、政界エリートが推進するグローバリズムに対決姿勢を見せた。

そのグローバリズムこそが、スキルを持った上位の高収入労働者と専門性を持たない底辺の低収入労働者を分断する経済を生み出している。

ドナルド・トランプの選出が、権威主義への欲求を表していると結論付けることは言いすぎかもしれない。しかし彼の批判者はそのように見ており、もし有権者が経済状況に対する権威主義的な解決策としてトランプを選んだのでなければ、それは近年の拡大する不平等の源泉となっている経済状況に対する明確な答えになっている。

翻訳:石田 健

参照

Acemoglu, Daron and James A. Robinson. 2006. Economic Origins of Dictatorship and Democracy. Cambridge & New York: Cambridge University Press.

Bachrach, Peter and Aryeh Botwinick. 1992. Power and Empowerment: A Radical Theory of Participatory Democracy. Philadelphia: Temple University Press.

Bartels, Larry M. 2008. Unequal Democracy: The Political Economy of the New Gilded Age. Princeton: Princeton University Press.

Belman, Dale and Paul J. Wolfson. 2014. What Does the Minimum Wage Do? Kalamazoo, MI: W.E. Upjohn Institute for Employment Research.

Boix, Carles. 2003. Democracy and Redistribution. Cambridge and New York: Cambridge University Press.

Gilens, Martin. 2012. Affluence & Influence: Economic Inequality and Political Power in America. Princeton and New York: Princeton University Press/Russell Sage Foundation.

Hacker, Jacob S. & Paul Pierson. 2010. Winner-Take-All Politics: How Washington Made the Rich Richer — And Turned its Back on the Middle Class. New York: Simon & Schuster.

Haveman, Robert, Gary Sandefeur, Barbara Wolfe, and Andrea Voyer. 2004. “Trends in Children’s Attainments and Their Determinants as Family Income Inequality Has Increased.” in Kathryn Neckerman ed., Social Inequality. New York: Russell Sage Foundation.

Levin-Waldman, Oren M. 2013. “Income, Civic Participation and Achieving Greater Democracy. Journal of Socio-Economics. 43,2:83-92.

Meltzer, Alan H. and Scott F. Richard. 1981. “A Rational Theory of the Size of Government.” Journal of Political Economy. 89,5: 914-927.

Piketty, Thomas. 2014. Capital in the Twenty-First Century. Cambridge, MA and London: Belknap Press of Harvard University Press.

Putnam, Robert. 2000. Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community. New York: Simon & Schuster.

Sen, Amartya. 1999. Development as Freedom. New York: Anchor Books.

Stiglitz, Joseph E. 2012. The Price of Inequality. New York: W.W. Norton.

Uslaner, Eric. 2008. “The Foundations of Trust: Macro and Micro.” Cambridge Journal of Economics. 32:289-294.

—————– and Mitchell Brown. 2005. “Inequality, Trust, and Civic Engagement.” American Politics Research. 33,6 (November):868-894.

Volscho, Thomas W. Jr. and Nathan J. Kelly. 2012. “The Rise of the Super-Rich: Power Resources, Taxes, Financial Markets, and the Dynamics of the Top 1 Percent, 1949-2008.” American Sociological Review. 77,5:679-699.

Zetterbaum, Marvin. 1987. “Alexis De Tocqueville.” In Leo Strauss and Joseph Cropsey eds., History of Political Philosophy. Chicago: University of Chicago Press.