チャールズ・クロフォード

チャールズ・クロフォード

元英国大使・コンサルタント。外務英連邦省のスピーチライターとして英国王室や首相、外相などの演説を手掛けた後、在サラエボ大使(1996-98年)や在ポーランド大使(2003-07年)などを歴任。

かつて我々は、アメリカ合衆国大統領を有能なリーダーであり、道義をわきまえた勇敢な代表だと考えていたが、2016年アメリカ大統領選挙の恐ろしさには驚愕している。その選挙はもうすぐ終結するだろうが、そうならない可能性すらある。

ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプ両候補者のスピーチを検討することは、公務の責任に対するそれぞれの異なるアプローチを明らかにするだろう。

バラク・オバマのスピーチ

2012年9月14日、国務長官であったクリントン氏は4基の棺の前に立っていた。棺にはリビア・ベンガジで起こったアメリカ領事館襲撃事件によって殺害された駐リビア大使のクリス・スティーブンス氏を含む4人のアメリカ人の遺体が納められていた。

この凄惨な事件は、アルカイダによって行われたワールドトレードセンターへの衝突によるアメリカ同時多発テロの11周年である9.11まさにその日に起こった。これはもちろん、偶然ではない。

数週間後の再選を目指していたオバマ大統領にとって、これは憂慮すべきPRになりえる惨事であった。9.11という意義深い日に駐リビア大使が殺害された時、オバマ大統領はどのようにして、自身がウサマ・ビンラディンを消し去った安全保障のトップであることを示すべきだろうか?

ある計画が猛スピードで考案されていた。それは、この事件がアメリカの安全保障に関する惨事ではなく、むしろ、アメリカでつくられた反イスラム教動画に対するアラブ諸国の人々による自発的な反応であると定義する計画であった。

こうして、オバマ大統領は2012年9月25日に国連で以下のように述べた。

どの国にも、自分と異なる宗教的信念を脅威に感じる人々がいる。いかなる文化においても、自らの自由を愛する人々は、自身がどれほど他人の自由に対して寛容かを自問する必要がある。
これこそが、この2週間でわれわれが目の当たりにしてきた、イスラム世界に怒りを広げた粗荒で不快な映像が示すことだ。ここで私は、アメリカ政府がその映像と全く無関係であることを明らかにした上で、映像のメッセージは、われわれ人類共通の価値を尊重する人々によって拒絶されることを信じている。
これはイスラム教徒への侮辱だけでなく、アメリカに向けられたものでもある。われわれアメリカは、いかなる人種や信条をもつ全ての人々を受け入れる国である。わたしたちは、なぜ人々がこの映像に憤りを感じるかを理解している。なぜなら、何百万人ものアメリカ市民は彼らのうちの1人だからだ。
それゆえ私は、次のことに賛同する。愚かな暴力を正当化するスピーチはない。(拍手喝采)罪のない人々の殺害を許す余地はなく、大使館襲撃を正当化する映像はない。

意味深な言葉選びは、特筆すべきだろう。彼はスティーブンス大使や、その同僚への襲撃映像を明白に非難していない。しかし彼の言葉が持つ明瞭で意図的な含意は、映像と襲撃の確固とした繋がりを国際的な世論に呼び起こした。この「因果の誤謬」は、世間の誤解を呼び起こしたのだ。

オバマ大統領の8年間にわたる就任期間と、その外交政策を就任直後から特徴づけるや無駄な機会と中途半端な孤立主義が終わろうとしている。誰がその後任となり、彼あるいは彼女は何をもたらしてくれるだろうか?

ヒラリー・クリントンのスピーチ

ベンガジ事件の直後、クリントン氏は映像が入念に計画されたテロとは全く関係のないものだと知った。しかし同時に、彼女の野心的な政治計画もオバマ大統領の再出馬により休止すべきであることも分かっていた。

このようにして、アメリカ国務省の同僚たち、また、とりわけ個人的にも親交のあったスティーブンス大使の遺体の前で述べられた彼女の言葉は以下の通りである。

クリス・スティーブンス大使と知り合えたことを光栄に思います。私たち、そして私たちの国と共にクリスのことを語るため、本日、この場に参加している彼のご家族に御礼申し上げます。クリスは、私たちに素晴らしい宝物をくれました。皆がクリスと働くことを愛しており、彼の職位があがると、皆がクリスのために働くことを愛していきました。彼はその勇気ばかりでなく、愉快なセンスとあのカリフォルニアらしい気さくさ、そして滑稽でありながらも周囲に広がっていく笑顔でよく知られていました。
今週は国務省にとっても、そして我が国全体にとっても厳しい時間でした。わたしたちは、勇敢な同僚たちの命を奪ったベンガジでの激しい暴力と、インターネット上にあげられた、我々には全く関係のない恐ろしいビデオによって、アメリカ大使館に向けられた怒りや暴力を。

再び、抜け目のない言葉を特筆したい。彼女もまた、ベンガジにおけるアメリカ人襲撃の映像に対して直接言及していない。それは「その女と性的関係はなかった!」というくらいの全くの虚偽である。

しかし、彼女は慎重にベンガジ襲撃事件とあの映像を感情的にも理性的にも同じ空間へと位置づけた。この並列は、彼女のPRのために十分であった。かつて、ある狡猾なロシア人外交官が「何も繋がりはない。しかし、全てのことは繋がっているのだ。」と語っていたことを思い出す。

もしかしたら、前大使であった私は、政治リーダーを代表して殺害された外交官たちの棺の前で、リーダーが何を述べるのかという点について過度に敏感過ぎるのかもしれない。しかし、これはやり過ぎである。

国益が脅かされた際、政府が故意におこなうこととして、誤解を招くことや真っ赤な嘘を伝えたりすることがある。この騙しや虚偽は不可欠なことであり、少なくとも、より良い結末に向かうための防御策と主張されるだろう。

しかし、誰かの野心のために誤解を招くことや嘘をつくこととは別物である。必要なことでも、弁護の余地のあるものでもない。そして、国の為に亡くなった友人や同僚の遺体のすぐ前に立ってそれをすることは尋常ではない。残忍で恐ろしい。彼の人生、そしてその死を私利私欲の為に利用して、屈辱を与えているのである。

要するに、Emailから流出したおぞましい暴露の数々や、クリントン氏の長く平凡な公職期間中に生まれた数えきれない沢山の嘘やごまかし、不公正、不明瞭さについては気にもとめなくてよいのだ。

このひどく粗末なエピソードは、クリントン氏がアメリカ合衆国の外交官や軍隊を率いるのに適さないことを示している。ストレスや危険が極度にある状況の中で、外交官や軍隊は国の為に命を懸けているにも関わらず、大統領が単にそうすべきとの理由で、その究極の犠牲を台無しにするのであれば、彼らはどうすれば良いのだろうか。

ドナルド・トランプのスピーチ

ドナルド・トランプはどうだろうか?2015年6月16日のスピーチは、彼の世界観に対する典型的な例だと思われる。

アメリカ合衆国は、すべての問題のゴミ廃棄場のようになってしまった。(拍手喝采)
アメリカは最も素晴らしく、優れた国であることは事実だ。メキシコは人々を送り込んでくるが、彼らは好ましい人々ではない。彼らは、あなた方のような素晴らしい人など送り込まない。
彼らは、沢山の問題を抱えた連中を送り込んでくるのであって、その連中が我々に問題を持ち込んでくる。彼らは麻薬や犯罪、そしてレイプ犯を送り込んでくるのだ。中には良い人々も含まれているかもしれないが・・・。
国境守備隊と話して、我々が何を得ているのかを教えてくれた。それは、常識的なことだった。メキシコは不適切な人々を送り込んでいるのだ。
メキシコだけではない、中南米全土から人々がやって来ている。そしてもしかしたら、中東からやってきている人々かもしれないのだ。
しかし、我々はそれが分からない。なぜなら、我々はそれを防ぐ能力もなければ、何が起こるかを知らないからだ。
こんな状況は、早く終わせるべきなのだ。(拍手喝采)
イスラム教によるテロ行為は、中東の大部分で起きていて、彼らは潤沢な資金を持っている。我々は、彼らとの競争の中にいるのだ。
彼らはシリアにホテルを建てた。信じられるだろうか?ホテルを建てたんだ。私がホテルを建てようとすると、利息を払う。彼らは、アメリカがイラクから撤退した時に、本当であればわれわれが所有しておくべきだった油田を奪ったため、利息を払っていないんだ。

知性のかけらもない、異常な思想が羅列されている。トランプ氏もアメリカ合衆国の外交官や軍隊を率いるには相応しくない。大統領が、彼自身が話す内容についてほとんど理解していないような状況で、極限的なストレスや危険にさらされた外交官や軍隊は、どうやって国のために命を懸けることができるだろうか?

つまり、世界はこうした状況に直面している。アメリカ合衆国は、自国を導くうえで全く相応しくない次期大統領を選ぼうとしている。この大統領は、就任1日目から始まるであろうスキャンダルや議論によって身動きが取れなくなるはずだ。