Google

円谷英二生誕から114年:日本映画史とともに生きた「特撮の神様」

今日、7月7日は映画監督・円谷英二が1901年7月7日に誕生してから、114周年の記念すべき日だ。Googleのロゴも、まさかのアニメーションへと変更されている。

特撮の神様と日本映画の歴史

円谷英二といえば、ご存知の通りウルトラマン(監修)や、ゴジラ(特殊技術)など日本映画を代表する作品を生み出し、円谷プロこと株式会社円谷特技プロダクションを作り出した人物。

その功績から「特撮の神様」と呼ばれており、日本の映画黎明期から東宝解体まで、まさに日本映画史とともに生きた人物だ。

その生涯は?

円谷英二は、1901年(明治34年)7月7日に福島県で生まれる。幼い頃は飛行機乗りに憧れており、操縦士を夢見て、羽田に誕生したばかりの日本飛行学校に第一期生として入学する。

その後、神田電機学校(現在の東京電機大学)夜間部に入学しながら親戚の玩具会社で働いていたが、18歳の時に、ひょんなことから映画界に足を踏み入れることになる。

32歳の頃、日本で公開された映画『キング・コング』に衝撃を受けた円谷は、徐々に特撮の技術を習得することとなり、1942年(昭和17年)にその腕をいかんなく振るった『ハワイ・マレー沖海戦』が公開される。

ゴジラ、空前の大ヒットからウルトラマンへ

その後、公職追放を経てふたたび東宝に復帰した円谷は、いよいよ1954年(昭和29年)に映画『ゴジラ』を公開。これが空前の大ヒットとなったことから、円谷の名前は不動のものとなった。

その後テレビ界に進出した円谷は、『ウルトラQ』を手がけたことで、日本に怪獣ブームを巻き起こす。60歳になった円谷の創作意欲は衰えることなく、テレビ特撮番組『ウルトラマン』が放送され、その名前は一気にお茶の間へと浸透した。

話題のニュースについて話すことができる新サービスTALKS [トークス]がスタート!
ぜひ上のボタンからこの記事についてコメントを残してみましょう。

Kosuke Yamakawa

Kosuke Yamakawa

日本や世界の震えるニュースをお伝えしています。