事実:ユダヤ人の彼女は、ナチスのポスターに「完璧なアーリア人」として登場した

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石田 健

石田 健

株式会社マイナースタジオ代表取締役CEO。同社を創業後、2015年に株式会社メンバーズ(東証一部)に企業売却。早稲田大学政治学研究科修士課程修了(政治学)。

彼女の名前はヘシー・タフト。幼い頃に彼女は「完璧なアーリア人」としてナチスの宣伝用のポスターに抜擢されたが、ナチス・ドイツの宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスは、その幼児がユダヤ人であったことを知らないままであった。

「今ならば笑い話になるわ」

この驚くべき、そして信じられないような事実は、80歳になったへシー・タフトがドイツのビルド紙に「今ならば、笑い話になる」として語ったものだ。

それによれば、彼女の両親であり才能ある歌手でもあったヤコブ・レヴィンソンとポーラン・レヴィンソンは、クラシック音楽の道を追求するために1928年にラトビアからベルリンへと移り住んだという。しかし、父親はユダヤ人であったために歌劇団での仕事を失い、結果としてセールスマンとして仕事を続けることになった。

典型的なアーリア人の赤ちゃん

1935年、まだ生後6ヶ月だったへシー・レヴィンソンはドイツの著名な写真家に撮影された。そして、なんと数ヵ月後にナチスの家族のためにつくられた雑誌『Sonne ins Hause』の表紙に選ばれたのだ。まるで悪い冗談のようだが、彼女は「完璧なアーリア人の赤ちゃん」としてコンテストに優勝したことで、この「栄誉」を受けたそうで、当初この事実を聞いた彼女の両親は、恐怖に震えたのだという。

この写真家は、へシーがユダヤ人だと知っており、彼女は「ナチを馬鹿にしたかった」のだという。結果的に、彼女が撮影した「完璧なアーリア人」の写真はコンテストで優勝したことで、その目論みは見事に的中した。ちなみに、この写真はゲッベルスによって個人的に選ばれたと言われている。

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その後、この写真はポストカードやポスターとしても第三帝国の幾つかの場所に配布されたが、最終的にこの真実に気付いたものはいなかった。その後、一家はラトビアに脱出して、フランスのレジスタンスの助けを借りながらキューバに逃げ、そして1949年には米国へと移り住んだ。

現在ニューヨークにある大学で化学を教えている彼女は、最近自らが表紙になったこの雑誌をイスラエルのヤド・ヴァシェム・ホロコースト記念博物館に寄贈した。これまで本誌は、ヒトラーの妻がユダヤ系の可能性という衝撃の結果が明らかになったことをお伝えしている。ドイツ民族が「アーリア人」と呼ばれる卓越した人種であると信じながら、多くのユダヤ人らを虐殺したヒトラーだが、現在ではそのイデオロギーが誤ったものであることはよく知られている。ヘシー・タフトの例は、そのことを如実に表す格好の材料だろう。