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ウクライナ危機の裏で軍事技術流出の恐れ:その理由とは?

編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。

本稿では、ウクライナの軍需産業に注目してみたい。というのも、ウクライナ危機の裏で同国の軍事技術が流出する恐れがあるからだ。帝政ロシア時代から重工業や炭坑で栄えたウクライナは、現在もロシアとの間で密接な産業の結びつきを保っており、軍需産業もその中に含まれている。

ロシアとウクライナの軍需産業の緊密な結びつき

ロシアの軍事、安全保障政策、軍需産業政策などを専門とする小泉悠氏(財団法人未来工学研究所客員研究員)は4月24日付けでJBpressに発表した論考「ウクライナで軍事技術流出の危機 中国が早くも触手伸ばす」の中で、ロシアとウクライナとの軍需産業および航空宇宙産業における密接な関係について、次のように述べている。

ソ連時代、ウクライナには陸海空宇宙にわたる多くの軍需産業拠点が設けられ、一説によれば、ソ連の軍需産業の30~40%はウクライナ領内に所在していたという。

一例を挙げるならば、ソ連で唯一、航空母艦を建造する能力を持っていたニコラーエフ造船所(現・黒海造船所)や、世界最大の航空機「An-225」を開発したことで有名なアントノフ設計局、弾道ミサイル開発を行っていたユージュノエ設計局、ソ連の主力戦車工場の1つであったマールィシェフ記念工場などである。

(中略)

ロシアとの結びつきは航空宇宙産業において特に強く、例えばロシア戦略ロケット軍の配備している「R-36M2」(NATO=北大西洋条約機構名SS-18)重ICBMは前述のユージュノエ設計局の支援なしではメンテナンスを行えない。

報道によると、ウクライナからの支援が得られなくなったことですでにロシアではR-36M2の維持に問題が出始めていると伝えられ、ロシアの核抑止態勢を脅かす問題にまで発展しつつある。

(中略)

このような例は挙げていけば枚挙に暇がなく、ロシアの国防や産業にとって大きな障害となる可能性がある。

中国がウクライナから購入した同国初の空母「遼寧」

続けて、小泉氏はロシアが今回のウクライナ危機以前からウクライナへの依存体質を危険視し、軍事面で脱ウクライナ政策を進めてきた経緯があるとして、ウクライナの軍需産業の将来が懸念されると述べている。そして、その中で特に懸念されるのがウクライナからの軍事技術の流出だとして、小泉氏は次のように述べている。

特に先端軍事技術を求める中国は以前からロシアをバイパスしてソ連の軍事技術を入手するためにウクライナとの関係を深めており、同国初の空母「遼寧」は船体から各種技術(艦載機や着艦システムなど)に至るまで、いずれもウクライナから入手している。

弾道ミサイル開発を続けるパキスタン、イラン、北朝鮮などへ技術が流出する懸念も無視できない。

つまりウクライナの軍需産業の破綻は日本の安全保障問題にも結びついてくる可能性があるわけで、ウクライナ危機でロシアのみが苦境に陥っていると考えるわけにはいかない。

空母「遼寧」に関するBBCの報道

上に引用した記述の中で、小泉氏は中国初の空母「遼寧」について触れているが、実際、この空母は非常に曰く付きの代物なのだ。この空母について、BBCが2012年11月25日に報じた内容について、以下にご紹介したいと思う。

中国初の空母「遼寧」が2012年9月に就役した。中国側はこの空母について、海上での大規模な試行運転を完了しており、機能を増強して国益を守れるようにしたいと考えていると主張している。

アナリストは、空母「遼寧」の就役によって、中国は領土紛争においてより高度な戦力を投射することができるようになると分析している。遼寧省で改修作業が行われたことから「遼寧」という名前がつけられたが、この空母はウクライナから購入したソ連時代の艦船を改装したものだ。

この空母の開発は、日本を含めたアジア諸国が中国の海軍力の増強に懸念を表明したのと同じタイミングで行われている。

日本と中国の間では東シナ海の尖閣諸島を巡って領土紛争が起こっている。中国共産党指導層は軍の近代化を進めており、国境を越えて戦力を投射できる態勢を整えようとしている。

空母「遼寧」はもともとは「ヴァリャーグ」(瓦良格)と呼ばれており、1980年代に旧ソ連海軍の艦船として建造されたが、完成には至らなかった。

1991年にソ連が崩壊した時、「ヴァリャーグ」はウクライナの海軍工廠(こうしょう)に収められていた。そんな中で、中国人民解放軍の関連会社(中国)が「ヴァリャーグ」を買い取ったのだった。

この会社は「ヴァリャーグ」をマカオで海上カジノに改修したいと言っており、2001年には中国の港に曳航(えいこう)された。中国軍は2011年6月、「ヴァリャーグ」を中国初の空母として改修している最中だと発表した。

「ヴァリャーグ」買い取りの裏には中国人民解放軍と情報機関が関与

BBCの報道のまとめは以上だが、上記の説明に補足して、さらに詳しい内容についてご紹介しておきたいと思う。

この「ヴァリャーグ」を買い取ったのはマカオのカジノ業者を名乗る「創律集団旅遊娯楽公司」だった。契約書には、中国国内でカジノや劇場施設を有する五つ星の船上ホテルとして使用されると書かれていた。

しかし、2002年3月3日、「ヴァリャーグ」はマカオではなく、軍港として知られている大連港に接岸したのだった。しかも、その同じ日に「創律集団旅遊娯楽公司」の登録が抹消されたのだった。契約書では軍事目的に転用することは禁じられていたが、会社ごと消えてしまったのだ。

実は、この会社は「ヴァリャーグ」を買い受けるためだけに中国人民解放軍と情報機関が共同で設立したダミー会社だったのだ。登記簿に社長として記載されていた徐増平という人物は、実際には中国人民解放軍の情報将校だった。

艦載機の離発艦のためにウクライナから技術指導を受けた中国海軍

「ヴァリャーグ」は中国海軍の艦船を建造する国営企業「大連造船所」に移され、海軍関係者によって徹底した艦体調査が行われた。2005年には空母に転用するための工事が始まった。中国海軍はレーダーや戦闘システムといった空母として必要なもの全ての装備を自前で調達した。

また、ウクライナの海軍技師たちを招き、艦載機を離発艦させるための技術を初歩の段階から伝授してもらった。さらに、中国海軍の調査団がオデッサとセバストーポリにあるウクライナ海軍の航空隊訓練施設を訪れ、クリミア半島のカーチャでは艦載機の発着訓練の施設を視察している。2009年4月に「ヴァリャーグ」は大連船舶重工集団の専用ドックに移され、空母として就役するための工事が施された。

オレンジ革命がきっかけで機密情報が漏洩

外交ジャーナリストである手嶋龍一氏は著書『ブラック・スワン降臨』(2011年)の中で、中国のウクライナからの武器購入について、次のように述べている。

新興の大国、中国は、経済力にモノを言わせて、ウクライナの軍需産業から次々に新鋭の武器を調達してきた。そんな中国を相手に、ウクライナは鵺のように立ちまわってきた。闇の取引を通じて巨額の利益を懐にするには願ってもない相手だからだ。

両国は航空母艦「ヴァリャーグ」の売買を成立させると、武器の闇取引にいっそう磨きをかけ、ついには巡航ミサイルX55の取引にも手を染めていった。

極秘であるべき一級のインテリジェンスがロンドンの情報機関にもたらされたのは、オレンジ革命のゆえだった。2004年末、親西欧派のウクライナ人たちが革命を成功させて政治権力を握ると、闇の世界に少しずつ光が差し込むようになったのである。

佐藤優氏の分析

また、ロシア専門家の佐藤優氏(元外務省主任分析官)は著書『外務省に告ぐ』(2011年)の中で、中国による「ヴァリャーグ」の就役決定について、ロシア国営ラジオ「ロシアの声」で発表されたナタリヤ・カショ氏とウラジーミル・フェドルク氏の論評およびスタ二スラフ・タラソフ氏(ロシアの政治学者)の分析に基づいて、次のように述べている。

カショ氏の論評では、中国の軍事的脅威に関する表現が直截的すぎると考えたのか、フェドルク氏の論評においては、若干、トーンを変えたシグナルを送っている。ロシアの意図は、日本政府が空母を持つ中国の軍事的脅威をどれくらい真剣に受け止めているかについて探ることだ。

ウクライナに引き渡された旧ソ連の「ヴァリャーグ」を中国が、カジノとして使うと言って購入しながら、実際は軍事目的で用いていることについてさりげなく触れている。「中国人は平気で嘘をつくので気をつけろ」というメッセージを日本に伝えているのだ。

さらに2020年までには、中国が原子力空母を保有する見通しについて述べる。対艦ミサイルやステルス戦闘機の開発についても日本の注意を喚起している。しかし、何よりも重要なのは、中国が空母を保有する意図を「政治的野心の拡大」に求めていることである。中国は米国に対抗する世界帝国になる政治的意図を持っている。それを実現するためには、米国の海上覇権を打破しなくてはならない。そのために空母が必要になるのである。

(中略)

「ロシアの声」では、タラソフ氏の口を借りて、<私自身の考えでは、それは第三国に具体的・現実的な軍事的脅威を与えるものではないと思います。>と述べているが、これは中国に配慮した修辞だ(中国は「ロシアの声」を含む、ロシアの公開情報を細かくフォローし、中国にとって都合が良くない報道については、反応してくる)。

繰り返すが、ロシア政府の意図は、中国に対する脅威に関するロシアのシグナルに日本が食いつくかを探ることだ。

小川和久氏の分析

上に引用した分析の中で、佐藤優氏は中国の空母保有が与える軍事的脅威と政治的野心の拡大を指摘し、その危険性に警鐘を鳴らしているが、それほど心配する必要はないという反対の見方を示している専門家もいる。それは軍事アナリストの小川和久氏だ。

小川氏は最新の著書『中国の戦争力』の中で、次のように述べている。

現段階での中国の空母は国威発揚のアドバルーンという側面が強いということでもある。日本国民は、いたずらに警戒する必要はない。

中国国防省の報道官が「改造空母は研究、試験、訓練に使う」と述べた通り、「遼寧」は空母保有に向けた試験艦の性格をもつ。空母が実戦配備されるとしても、まだまだ先の話になる。空母を運用するには、周囲を固める駆逐艦や潜水艦とセットの機動部隊を三組保有しなければ、実戦配備、整備、教育訓練というローテーションが成り立たない。

艦載機にしても母港の近くに飛行場を整備しなければならず、機種をそろえ、乗員を養成するのに長い時間がかかる。何年にもわたって国防費の三分の一を費やすというような膨大なコストがかかる。口で言うほど簡単ではないのだ。

このように各専門家によって見方は分かれているが、ウクライナの軍事技術が流出する危険性があることに変わりはなく、その中でも特に中国が大きな存在であることは確かだろう。

【参照資料】

小泉悠氏: ウクライナで軍事技術流出の危機 中国が早くも触手伸ばす

BBC: China lands J-15 jet on Liaoning aircraft carrier

手嶋龍一著『ブラック・スワン降臨』

佐藤優著『外務省に告ぐ』

小川和久著『中国の戦争力』

Photo : Twitter

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Kazuya Hirai

Kazuya Hirai

平井和也 | 1973年生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。人文科学・社会科 学系の翻訳者(日英・英日)。F1好き。 Twitter:@kaz1379/ブログ:http://entrans221.blog38.fc2.com/