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(続報)米国政府機関がウクライナのクーデターに資金提供を行っていた

編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。

3月5日の拙稿「米国政府機関がウクライナのクーデターに資金提供を行っていた」でウクライナのヤヌコビッチ政権転覆の裏で行われていた米国政府機関による工作についてご紹介したが、その後また新たな情報がわかってきたので、本稿ではそのことについて書いてみたいと思う。(関連記事:米国政府機関がウクライナのクーデターに資金提供を行っていた

以下は、スティーブ・ワイズマンという米国人作家(現在フランス在住)が非営利組織Truthout (本部ロサンゼルス)が運営するReader Supported Newsというニュースサイトに3月25日に発表した記事のまとめだ。

ジェフリー・パイアット駐ウクライナ米大使の攪乱工作

米国のビクトリア・ヌーランド国務次官補(欧州・ユーラシア担当)が盗聴された私用電話でジェフリー・パイアット駐ウクライナ米大使との会話の中で「EUくそくらえ」と発言していなかったら、外部の人間でパイアット大使の名前を知っている者はほとんどいなかったことだろう。

しかし、その名前が広く知られるようになった今では、CIA流の攪乱工作でウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ前大統領を政権の座から引きずり落とした手腕の持ち主としてその名前がさらに知られるようになってきている。ヤヌコビッチ前大統領はひどく腐敗した政治家だったが、選挙によって選ばれた正統性のある大統領だった。

CIAで27年間情報分析官を務めた経験のあるレイ・マクガバン氏はパイアット大使について、次のように語っている。

「ジェフリー・パイアットは与えられた職務を行いながら、ある種のCIA工作員だとうぬぼれている国務省高官の一人だ。かつてCIAはそういう活動を行っていたし、私はそれを事実としてよく知っている」

今はそれを行っているのが国務省だ。コートとネクタイを身につけ、ツイッターとフェイスブックのアカウントを持った国務省の外交官が、米国の政策に対する支持を取りつけるために策略をめぐらしているのだ。

(ジェフリー・パイアット駐ウクライナ米大使)
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Photo : readersupportednews.org

マクガバンは現在はCIAを退官し、自らが行っていた職務内容について後悔している。同氏はエール大学教授の歴史学者であるティモシー・スナイダー氏について論じた。スナイダー氏は自称左派であり、書評誌『The New York Review of Books』に最近“The Haze of Propaganda”と“Fascism, Russia, and Ukraine”という二編の評論を発表している。二人ともロシア語を話すことができるが、全く違う世界に住んでいる。

現実政策の世界に生きるレイ・マクガバン氏

国務省は、米国政府が秘密活動に対して資金を提供するために設立した全米民主主義基金(The National Endowment for Democracy=NED)を含めた非軍事介入のための主要な資金源を管理している。米国政府がNEDを設立したのは、雑誌「Ramparts」をはじめとしたメディアがフォード財団などの民間の財団を通してCIAが資金提供を行っていることを暴露した後だった。

国務省はまた、資金豊富な米国国際開発庁(USAID=開発途上国の資金・技術援助を行う国務省管轄の政府機関)も管理しており、さらに運動団体やスパイ活動の通信手段、民間企業のネットワークも管理している。国務省は考えを同じくする他国の政府や機関と協力し合っており、ほとんど場合、そのような政府や機関はカナダと西欧にある。

国務省の「民主主義的官僚制」は、民主主義社会における自由を推進することを目的として活動している独立した団体であるFreedom Houseのような団体も管理・監督している。このような団体は、名目上は民間とされているが、多くの場合、政府からの資金援助を受けている。国務省はビクトリア・ヌーランド国務次官補を通じて、ジェフリー・パイアット大使にキエフでのクーデター調整作業をさせたのだった。

クリントン政権時代から続く米国の工作活動

CIA、NSA、国防総省が専門技術を提供した可能性が高いが、民間企業の中にも密かに技術を提供した業者があった。しかし、もしマクガバンが真相を知っているとしたら、と言ってもそのはずだが、外交官がウクライナを攪乱するキャンペーンを展開し、現場で汚い活動を行っていたことになる。パイアット大使指揮下の一団にとっての外交政策とは、「民主主義を促進する」ために、選挙という正統な手段で選ばれたウクライナのヤヌコビッチ前大統領の政権を転覆させることだった。

クリントン政権時代から、米国政府と欧州の同盟国はNATOをロシア国境と黒海艦隊まで拡大させるために公然と、また秘密裏に活動を続けてきた。ロシアはこの動きに対して、ひどく傷つき、挑発された気分でいるのだ。パイアット大使らはさらに、ウクライナと東欧諸国を欧米流の新自由主義経済に移行させ、ロシアの孤立化を図ろうとしてきた。

反ロシアが反ソビエトに代わる新たなスローガンになり、「戦略的封じ込め」が軍事的および経済的な力を使ってロシアを囲い込むためのねじれたキーワードになっている。

たとえどんなに多くの進歩的な評論家がネオコンを批判したとしても、外交政策を立案しているのはネオコンではない。NEDはネオコンとして再び登場した社会民主主義者に楽な仕事を提供している。パイアット大使の上司であるヌーランド国務次官補は、ネオコンの主導者の一人である歴史家ロバート・ケーガン氏の妻に当たる。ネオコンは現在ロシアに対して陣太鼓を鳴らしており、その目的はシリアとイランに関するいかなる合意をもつぶし、国防総省に対して協力者と資金援助者とのさらなる契約を促すことだ。

しかし、ロシアの囲い込みという考え方は決してネオコンだけのものではない。この政策に対する支持は超党派のものであり、さらに大西洋にまたがっており、支持派の中には米国の保守派の国粋主義者や冷戦時代の自由主義者、ヒラリー支持のタカ派、オバマ大統領の国家安全保障問題担当チームが含まれている。

しかし、この政策の正統性はまだ確立されていない。NATOと欧米の経済関係機関を分裂国家であるウクライナ全体にまで拡大させていくことは、2008年にグルジアのNATO加盟を実現させる可能性が生まれた時ほどの見込みはなかった。もし2008年にグルジアのNATO加盟が実現していたら、当時のサアカシュビリ大統領に第三次世界大戦に至る条約上の権利を与えることになっていた可能性がある。グルジアのNATO加盟など私に言わせれば、十歳児に軍用車を運転するための鍵を与えるようなものにしか思えなかった。

欧米によるウクライナに対する挑発はその直後に逆効果だということが明らかになった。その挑発行為はプーチン大統領にクリミアでのロシア支持の反乱を引き起こさせる絶好のチャンスを与えることになった。プーチンは以前確かにそういうことを考えたことはあったが、それは決して最優先策ではなかった。

欧米の挑発によってプーチンは、真のロシアの民族主義者として欧米に立ち向かおうと奮起し、欧米にとってさらに付き合いにくい相手になってしまった。また、プーチンに古くからある独裁者の手法を使う口実を与えてしまったのだ。つまり、大急ぎで住民投票を行い、「重要なのは投票数ではなく、投票数を誰が数えるかだ」というヨシフ・スターリンの考え方に戻るという必要のない事態を作り出したのだった。

本来の民主主義者はそんな不当な主張は避けるべきだ。しかし、現場の大部分のジャーナリストや世論調査員は、タタール人を除く大多数のクリミアの住民がロシア連邦への編入を望んでいると伝えている。

米国が選んだ暫定政権のヤツェニュク新首相がIMFとの協力の下でギリシアやスペイン、イタリアと同じ緊縮政策を強行する中で、緊張は高まっていくだろう。そういう状況下で、特にロシア系住民が多数を占めている東部では、苦境に立たされたウクライナ人たちが反撃に出るのは間違いないだろう。ドイツ誌『シュピーゲル』の報道によると、ウクライナ東部の住民の4分の3がクーデターも暫定政権も支持していないと伝えている。ウクライナを二分する可能性のある国内の紛争がロシアと欧米の戦略地政学的な争いに発展することは不可避だろう。

理想主義の仮面を被ったイデオロギーの世界に生きるティモシー・スナイダー氏

大部分の欧米メディアの場合と同じように、このようなマクガバンの唱える現実的な世界はスナイダー氏にとっては全くどうでもいいことだ。耳触りの良い抽象概念がスナイダーの世界を支配している。ウクライナ人は今自らの歴史を作っており、彼らは勇敢に行動している。ウクライナ人は法の支配と「欧州文明」の中における自らの正統性のある立ち位置を求めている。彼らは「主権」と「領土の一体性」を支持している。

ロシアは邪悪だ。大悪党のプーチンは新たに生まれたヒトラーだ。プーチンはNATOに対抗して自らのユーラシア帝国を築こうと目論んでおり、それにはまもなくモルドバ、ベラルーシ、カザフスタンといった欧米が全く必要としていない土地が含まれることになるかもしれない。スナイダーはウクライナのクーデターについて、「“間違いなく反動的な体制”に対する否定しようのない民衆の反乱であり、民衆による古典的な革命だった」と述べている。

スナイダー氏を批判するスティーブン・コーヘン教授

ロシアの歴史を専門とするスティーブン・コーヘン教授(ニューヨーク大学およびプリンストン大学)は雑誌『The Nation』寄稿の論考の中で、スナイダーの議論を批判している。民衆による反乱は、誰が何の目的でそれを指揮しようとするのかによって支持するか反対するかが決まってくる。マクガバンが言っているように、問題は、誰がそれを指揮し、誰がどんな戦略的利益のためにそれを扇動したのかということだ。

詳細な証拠がその答えを示している。バリケードが張り巡らされた中でウクライナの少数派の人たちは勇敢に戦ったが、パイアット大使以下の外交官たちがキエフの抗議デモを扇動し、広範囲にわたる指揮権を発動したのだった。戦術的に言うと、パイアット大使らは予想外の実力を見せたが、戦略的に言えば、彼らは家でおとなしくしているべきだった。

革命に向けた準備作業

2013年の8月3日にキエフに到着するとほぼ同時に、パイアット大使はHromadske.TVというウクライナのインターネットテレビ局を立ち上げるための資金援助を許可した。それはヤヌコビッチ前大統領を権力の座から追い落とす抗議デモを組織するために不可欠なものだったということが後に明らかになった。その援助資金はわずか43,737ドルにすぎなかったが、11月13日までにさらに4,796ドルが追加された。これは革命プロジェクトに必要な材料を購入するのに十分な金額だった。

Hromadske.TV所属のジャーナリストの多くは米国の後援者と行動をともにしたことがあった。同局の編集長であるローマン・スクライピン氏はRadio Free Europe/Radio Libertyのワシントン支局と米国が資金援助を行っているウクライナのインターネット新聞『ウクライナ・プラウダ』に頻繁に記事を寄稿していた。スクライピンは2004年には「Channel 5」というテレビ局の立ち上げにも関わった経験があり、このテレビ局は欧米が裏で巧みに操っていたその年のオレンジ革命において重要な役割を果たしたのだった。

スクライピンは既にジョージ・ソロス氏のInternational Renaissance Foundation(IRF)から10,560ドルの資金援助を受けており、12月から翌年の4月までの間にさらに19,183ドル がIRFからHromadske.TVに提供される予定になっていた。

この間Hromadske.TVにとって最大の資金提供先はオランダ大使館であり、95,168ドルを受け取っている。ハーグの米特使が打電した秘密の公電が後にウィキリークスによって公開され、そこには「実利的な考え方と我々と世界観が似ているおかげで、オランダが他の欧州諸国ではためらうような政策に対しても豊富な資金を提供してくれた」と書かれていた。

ヤヌコビッチ打倒の引き金を引いたムスタファ・ナイェム記者

11月21日にその活動の山場がパイアット大使に訪れた。この日、ヤヌコビッチ前大統領が欧州との連合協定の調印を取りやめたからだ。それから数時間でHromadske.TVがインターネット報道を始め、所属ジャーナリストの一人がヤヌコビッチ打倒の引き金を引いたのだった。

スナイダーは、次のように書いている。

「ある主導的な調査報道を行うジャーナリストが孤独で勇敢なウクライナの反政府デモに加わろうと呼びかけた。彼は政府から民族的な背景を調べられていた肌の色の黒いジャーナリストで、イスラム教徒でアフガニスタン人だ。その名はムスタファ・ナイェム。彼こそウクライナの革命のきっかけを作った人物だ。ナイェムはソーシャルメディアを使って、学生や若者に抗議デモを呼びかけ、ウクライナとEUの連合協定支持を訴える抗議集会をキエフの広場で行うように促したのだった」

(ムスタファ・ナイェム記者)
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Photo : asahi.com

ナイェムの勇気ある行動は否定しようがないことは確かだろう。しかし、スナイダーは、パイアット大使、ジョージ・ソロス、オランダ大使館の三者がHromadske.TVに資金を提供し、反政府運動を動かしていたことには触れていない。この三者がHromadske.TVに共同出資し、独立広場からのネット放送が行われていなければ、革命の映像が流されることはなかったかもしれないし、ヤヌコビッチ前大統領は抗議運動が勢いづく前の段階でそれを鎮圧することができていたかもしれないのだ。

ラジオやテレビ、インターネットがなかった時代にも、民衆による抗議運動が歴史を変えてきた過去がある。新しい技術はそのスピードを高めただけのことだ。パイアット大使以下の米国人外交官はそのことをわかった上で、ソフトパワーと言論の自由、報道の自由、集会の自由を巧みに利用し、機に乗じて英語の多重録音による革命の映像を流したのだった。さらに、ソロスは「ウクライナで起こっていることを国際社会に知らせるために」ウクライナ危機メディアセンターに資金援助を行ったが、私は今でも「Euromaidan PR」(国民抵抗運動本部広報事務局)のウェブサイトの立ち上げに対して誰が資金を出したのかを突きとめるために調査を行っている。

第二のオレンジ革命の準備活動の中心だったオレグ・ルィバチュク氏

反政府デモに向けた準備活動はパイアット大使がウクライナの地に降り立つずっと以前から始まっていた。その活動の多くが、2004年のオレンジ革命で重要な役割を果たしたオレグ・ルィバチュク氏を中心にして行われていたのだ。ルィバチュクは才能豊かで何ヶ国語も話すことができるウクライナ人だ。

今年2月下旬に米国サンフランシスコに拠点を置く「The Pando Daily」というニュースサイトが、ジャーナリストのグレン・グリーンウォルド氏と、彼が編集に関わっているブログ「The Intercept」の運営会社であるFirst Look Mediaに出資しているオークションサイト「eBay」創設者のピエール・オミダイア氏を批判したことがきっかけで、ルィバチュクが注目を集めるようになった。

ジャーナリストとしての誠実さを巡って批判を繰り広げる中で、Pandoもグリーンウォルドももっと大きな問題の核心を見逃してしまったのだ。(筆者より:2月下旬にPandoは、ブログ「The Intercept」の上級政策アナリストであるマーシー・ホイーラー氏がオミダイアが米国政府機関と並んでウクライナの反政府グループに資金援助を行っていた事実を突きとめたことを報じている。)

2004年にルィバチュクは、米国の支援を受けながらウクライナ大統領選挙に立候補したビクトル・ユシチェンコ氏のスタッフと政治運動の責任者を務めていた。米国寄りの地元新聞『キエフ・ポスト』の報道によると、ルィバチュクはユシチェンコの「分身」であり、国家安全保障局との「パイプ役」を果たしていたという。

国家安全保障局はユシチェンコ陣営に対して、対立候補であるヤヌコビッチの動向に関する有用な情報を提供していた。ルィバチュクは後に、ユシチェンコ前大統領およびティモシェンコ元首相の下で副首相を務め、ウクライナのNATOおよびEU加盟に向けた業務を担当した。また、米国の政策に合わせて、ウクライナの国営産業の民営化にも務めた。

USAIDが資金援助を行っていた非営利団体Pact Inc.

米国と欧州の支持があったが、ユシチェンコ政権はひどい状態であることが明らかになり、2004年の大統領選挙で対立候補だったヤヌコビッチに2010年の大統領選挙で敗れるという結果に終わった。欧米の選挙監視団は2010年の大統領選挙について「自由で公正」な選挙だったと言っているが、そんな評価は重要ではなかった。

米国は既にヤヌコビッチを味方に引き入れるか、それとも追い落とすかするための種をまいていたのだ。あとは米国政府と同盟国がそのどちらを選ぶか決めるだけだった。2008年10月、USAIDは「改革を強化するためのウクライナ国民イニシアチブ」(UNITER)というプロジェクトを運営するために、Pact Inc.という非営利の民間団体に資金援助を行っている。

Pactはアフリカと中央アジアで積極的な活動を展開しており、2005年からウクライナでエイズ撲滅キャンペーンを行ってきた。Pactの新たな5年計画のプロジェクトは、市民社会、民主主義、優れたガバナンスといった官僚的なキャッチフレーズに基づいて行われており、公的に残された記録によると、国務省とUSAIDはこのプロジェクトをウクライナで推進するために、年間何百万ドルもの資金を投入していたことがわかっている。

Pactはウクライナの改革にも政権交代にもつながる基盤を築くためのものだった。今回の場合、情報操作の技術に長けた専門家がウクライナの政治家や政党から独立したところで活動しようと考えていた。大部分のウクライナ国民は政治家や政党がどうしようもなく腐敗していることを理解していた。そういう中で、新たな希望は「市民社会、若者、国際機関と協力し合う」ことだった。

ルィバチュク代表のCenter UA と反ヤヌコビッチ運動New Citizen

2009年時点でPactにおいてルィバチュクは「市民社会活動家」というイメージで位置づけられており、ルィバチュクは自身が代表を務めるNGOであるCenterUA(他にCentre UA、Tsenter UA、United Actions Center UAとも呼ばれる)の活動にも関わっていた。Pactはルィバチュクが自身の新たな活動基盤を利用する手助けをし、ウクライナの60ものNGOと活動家、世論を主導するリーダーたちを結集した。

その結果、New Citizenが生まれた。New Citizenとはルィバチュクが代表を務めるNGOであるCenter UAを通じて運営されている反ヤヌコビッチ運動の一つであり、非政治的な「市民による活動基盤」であるが、それが大きな政治勢力になっていった。その当時、PactとソロスのIRFは共同で約80の現地のNGOに対して少額の資金援助を行っていた。この動きは翌年も続けられ、東ヨーロッパ財団からさらに追加の資金提供が行われた。

ルィバチュクは『キエフ・ポスト』に対して、次のように語っている。

「ウクライナ国民は共通の幻滅感を抱いている。この国は政治エリートにもっと責任感を持たせることができるようにするために、もっと責任ある市民を必要としている」

New Citizenは一貫して、NATO、欧州、環大西洋世界という枠組みの中でのより広い統合という観点から民主主義の議題を策定した。ルィバチュク自身は、EUウクライナ協力委員会と連携した「市民専門家評議会」の代表になる考えでいた。

攪乱工作の一環としてのStop Censorship運動

「戦略的計画」に関する助言を続けながら、2010年5月にPactはNew Citizenに対して、「公的な情報へのアクセスを翌年の活動の中心に据える」ように働きかけた。両者は協力して「情報の自由に関する法律」の成立に向けた運動を展開し、この法律は実際に議会で可決された。その後、PactはNew Citizenに対して、この法律を利用して大きな勢力としてその力を伸ばし、新しい活動家を組織・訓練し、自分たちの言いなりになるジャーナリストとより緊密に行動するための方法を示した。

このような働きかけは、選挙という正統な手段で選ばれたヤヌコビッチ前大統領の政権の力を大きく弱体化させることになるものだった。PactとNew Citizenが行った攪乱工作の一部には攪乱を目的とするものでなければ賞賛に値するようなものもあったが、それは特に(検閲廃止を訴える)Stop Censorship運動について言えることだ。

2010年5月、ルィバチュクは『キエフ・ポスト』に対して、次のように語っている。

「検閲が再び行われており、野党の意見があまり報道されていない。今のウクライナの状況は、ロシアのプーチン大統領がメディアの批判を封じることによって権力を掌握し始めた時にしたこととよく似ている」

ルィバチュクは今や市民活動家であると同時に「メディア専門家」でもあった。

ジャーナリストを使った反ヤヌコビッチ誘導戦略

Stop Censorship運動におけるルィバチュクの主要な協力者の一人にジャーナリストのセルジイ・レシュチェンコ氏がいた。レシュチェンコは前述のムスタファ・ナイェムとインターネット新聞『ウクライナ・プラウダ』で長い間一緒に働いていたことがあった。全米民主主義基金(NED)はこの新聞を支援していることで公的な信用を獲得した。

NEDはレシュチェンコに対してその独自の国際的な交流支援プログラムであるReagan-Fascell Democracy Fellowshipを受ける機会を与え、さらにNew Citizenは、ヤヌコビッチの恥知らずの腐敗ぶりを暴露したレシュチェンコのすばらしい記事を広め、ヤヌコビッチの贅沢な豪邸に対する注目を集めた。また、ルィバチュクが代表を務めるNGOであるCenterUAもムスタファ・ナイェムが記者会見でヤヌコビッチに対して豪邸についての質問を投げかける映像を収めたドキュメンタリー作品を制作している。

ヤヌコビッチのあきれかえるくらいの腐敗ぶりについて組織的に暴露することが、ウクライナ人と世界中の人たちを反ヤヌコビッチの方向に誘導するのに最も有効な方法だった。これこそ現実政策の最も洗練された姿だ。欧米の政策を支持するウクライナの多くの盗賊政治家(莫大な富を独占する腐敗した政治家)に対するこれと同じようなキャンペーンに対して、米国とその同盟国が資金提供した例はほとんどなかった。

ウクライナの政治家の公約実行状況を監視するプロジェクト

Pactの厳重な監視の下で、ルィバチュクが進めるNew Citizenの運動は、ウクライナの政治家の公約をまとめ、それがきちんと実行されているかどうかを監視するためのプロジェクトを立ち上げた。彼らはそれを「Powermeter」と呼び、このアイデアは米国のウェブサイト「Obamameter」からヒントを得たものだった。

このプロジェクトへの資金援助を行ったのは米国大使館であり、その窓口になったのが国務省の民主主義人権労働局が管理するメディア開発基金だった。また、国務省、USAID、米国平和研究所(USIP)、その他様々な国の政府機関、国際機関、民間の寄付者からの資金援助を受けていた国際的な非営利団体「Internews Network」もプロジェクトへの資金提供を行っていた。さらに、ソロスのIRFも資金提供を行っていた。

議会選挙の立候補者の政治的誠実さを監視するチェスノ運動

New Citizenとその構成組織は、35以上の都市で活動している150のNGOを結集させ、さらに活動家やセルジイ・レシュチェンコなどのジャーナリストも巻き込み、2011年にさらに別のキャンペーンを開始した。このキャンペーンはチェスノ運動(Chesno Movement)と呼ばれた。(Chesnoはウクライナ語で「正直に」の意味。)運動の目的は、「2012年の議会選挙の立候補者の政治的誠実さを監視すること」だった。

この運動は最も洗練された社会学的な知見を用いた大規模プロジェクトだった。予想通り、チェスノ運動による監視の結果、政治的に誠実な政治家はほとんどいないことが明らかになった。しかし、一方で、伝統的に公的な高潔さのレベルが低かったウクライナにおいて、その問題を新たなレベルにまで高めることには成功し、国内の新しい分野に対する国民の政治的関心や若者の政治に対する関心を高めることもできた。

選挙自体はヤヌコビッチ前大統領が党首を務める地域党が議会の多数を占める結果に終わった。

New Citizenの行動主義、監視、キャンペーン、運動の確立、選択的調査報道に対する支援といったものはどうだったのだろうか? それらはどこを目指したものだったのだろうか? これらの疑問について、ルィバチュクは、選挙の数ヶ月前の2012年5月に、カナダのビジネス紙『フィナンシャル・ポスト』に次のように語っている。

「オレンジ革命は奇跡であり、見事な結果につながった大規模な平和的抗議運動だった。我々はもう一度オレンジ革命を再現したいと考えており、実際、もう一度実現させるつもりだ」

革命準備活動への資金提供者

ルィバチュクには革命を楽観視するもっともな理由があった。というのも、欧米の資金提供者が資金の額を増額していたのだ。Pactは2011年10月から2012年12月までのチェスノ運動の会計監査を依頼したところ、ルィバチュクのCenter UAと六つの関連団体が行ったチェスノ運動に対して約800,000ドルの資金援助が行われたことがわかった。

また、USAIDから定期的に資金提供を受けていたPactは約800,000ドルのうちの632,813ドルを提供していたが、その一部はオークションサイト「eBay」の創設者であるピエール・オミダイアとその妻によって創設された財団であるオミダイア・ネットワークから提供されたものだった。

3月12日(筆者より:具体的に何年のことなのかは不明だが、おそらく今年のことだろうと思われる)に行われた公式発表で、オミダイア・ネットワークはルィバチュクのCenter UA、New Citizen、チェスノ運動に対して行った資金援助について説明しようと努めた。この資金の中には、2011年9月に発表された335,000ドルと2013年7月に行われた769,000ドルという二年間における提供資金が含まれていた。

New Citizenの説明によると、この資金の中からルィバチュクのウェブサイトのプラットフォームを拡張するために使われたものもあるということだ。New Citizenは、次のように説明している。

「New Citizenはウクライナ人が社会変革を目指して協力して行動できるようにするためのウェブ上のプラットフォームを提供している。このウェブサイトを通して、政治家に対して国民が集団となって公的な情報の公開や映像を使った社会変革運動への参加、多様な地域政策への貢献を訴えることができる。キエフにおける社会的正義のために活動する団体の中心として、我々はデジタルメディアを通してウクライナ人のためのNew Citizen(新しい市民)の姿を見せていきたいと考えている」

スイス大使館、英国大使館、スウェーデン国際開発協力庁、カナダ国際開発庁も資金を提供

オミダイアが最近発表した内容によると、さらに別の資金提供先が挙げられており、その中には、USAIDから資金を受けているPact、スイス大使館、英国大使館、スウェーデン国際開発協力庁(SIDA)、NED、ソロスのIRFが含まれていた。また、チェスノ運動にはカナダ国際開発庁(CIDA)からも資金援助が行われていた。

2013年度の資金の流れはこれよりもさらに把握しづらい。米国政府のウェブサイト「foreignassistance.gov」に公開された情報によると、USAIDがウクライナで活動するPactに対して「民主主義、人権およびガバナンス」という分類で700万ドル以上の資金提供を行っていることが明らかになった。このデータからは、その中からCenter UA、New Citizen、またはそれらのプロジェクトにそれぞれどのくらいの金額が使われていたのかはわからない。

Pactを窓口にルィバチュクの活動を調整していた米国大使館

我々はこのような資金提供の実態から何を読み取るべきなのだろうか? CIAが各種財団を通して資金を流していた時代のように、民間の慈善事業に見えるものもある。ソロスとオミダイアからの援助資金は本当に民間の資金なのだろうか? それとも、民間からの資金を装った政府のお金なのだろうか? これは公的に開かれた疑問として残っている。

しかし、ルィバチュクのキャンペーンに関する限り、そんなことはどうでもいいことだ。そこではUSAIDとその他の政府機関による資金が圧倒的に使われている。米国大使館がPactを窓口にして、ルィバチュクの活動のほとんどについて調整作業を行っていたのだ。私が知っている限りでは、ソロスもオミダイアも国務省の中核的な位置から外れたことはない。

EUとの連合協定締結を覆したヤヌコビッチ前大統領の裏切り

パイアット大使がキエフに着任した時、Pactとルィバチュクのネットワークを引き継ぎ、第二のオレンジ革命を目指していたが、それは欧州との統合を果たすために革命が必要だと彼らが考えていたからの話だった。それこそが国務省と国務省が築いたウクライナでの運動にとって常に重要な問題であり、検閲や腐敗、民主主義、優れたガバナンスよりもずっと重要なものだった。

昨年の11月14日、ルィバチュクは街頭に出てデモ行進する理由を見出すことはなく、ヤヌコビッチ前大統領が28日から29日にかけてリトアニア共和国の首都ビリニュスで開かれる予定の首脳会談でEUとの連合協定を締結することを全面的に期待していた。ところが21日になって、ヤヌコビッチ前大統領が突如として態度を変え、ロシアとの関係修復に舵を切ったのだった。ルィバチュクはこの動きを政府による裏切りであり、約束違反だと考えた。

ルィバチュクは『キエフ・ポスト』に対して、「それが原因で民衆が抗議デモに走ったのであり、そういう行動が必要だったのだ」と語っている。

独立広場は「巨大な監視場所」となり、ウクライナ政府に対してEUとの連合協定と自由貿易協定を締結するように圧力をかけるためのものだったのだ、とルィバチュクは語っている。「我々はこれからもウクライナ政府の行動を監視するつもりであり、政府がすべきことをしっかりとするように見張っていきたいと思っている」

そこが国務省による第二のオレンジ革命の出発点だった。

説得力に欠ける米国の主張

以上が、米国人作家スティーブ・ワイズマン氏がReader Supported Newsに発表した記事のまとめだが、つい最近になって米国のケリー国務長官が議会上院の外交委員会公聴会でウクライナ東部に広がっている混乱について、ロシアが雇った工作員が不法にウクライナを不安定化させ、危機を作り出していると指摘し、当局に拘束されたデモ隊の中にロシアに雇われて混乱を作り出したことを認めた工作員もいたということが報道された。

しかし、今回ご紹介した記事を読めば、米国の主張に説得力がないことは誰が見ても明らかなことだろう。(関連記事:米国務長官「ロシア工作員が関与」ロシア「あなた方が言うな」:ウクライナの混乱

【参照記事】

Reader Supported News: Meet the Americans Who Put Together the Coup in Kiev

The Voice of Russia: Euromaidan was organized by US authorities – American writer


Photo : Twitter

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Kazuya Hirai

Kazuya Hirai

平井和也 | 1973年生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。人文科学・社会科 学系の翻訳者(日英・英日)。F1好き。 Twitter:@kaz1379/ブログ:http://entrans221.blog38.fc2.com/