Kazuya Hirai

Kazuya Hirai

平井和也 | 1973年生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。人文科学・社会科 学系の翻訳者(日英・英日)。F1好き。 Twitter:@kaz1379/ブログ:http://entrans221.blog38.fc2.com/

編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。

本稿では、3月25日にドイツ誌『シュピーゲル』のサイトに掲載されたロシアの論理を分析した記事“’Dear to Our Hearts': The Crimean Crisis from the Kremlin’s Perspective”(我々の愛しの土地:ロシアから見たクリミア危機)をご紹介したい。

ドイツメディアがロシアの立場から見てウクライナ情勢を分析したらどうなるのかという視点に立って書いた記事であり、よくありがちな欧米的な価値観に立脚した記事ではないだけに、興味深い記事と言えるだろう。それでは、以下にその詳しい内容を見ていきたいと思う。

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画像 : http://www.spiegel.de/international/world/a-look-at-the-crimea-crisis-from-the-perspective-of-the-kremlin-a-960446.html

キエフはロシア発祥の地

EUと米国はロシアのクリミア半島編入に対して厳しい批判を繰り広げているが、問題をロシアの立場から見ると、プーチン大統領を窮地に追いやっているのは欧米の方だ。昨年の9月、ロシアのプーチン大統領はモスクワとサンクトペテルブルグのちょうど中間地点くらいに当たる場所で行われた会議に世界中のロシア専門家を招待した。その会議の演説で、プーチンは次のような心のこもった言葉を残している。

「今日のロシアの起源はキエフにあることを我々は決して忘れない。キエフこそ、今日の偉大なるロシアを生んでくれた土地だ」

プーチンはさらに、ロシア人とウクライナ人は同じ心情、同じ歴史、同じ文化を共有しており、その意味で同じ一つの民族だとも言っている。その時点では、ドイツを含めた欧州の指導者たちは、ウクライナとの間で連合協定を結ぶことによってウクライナをEU側に引き留めておき、同国をロシアの支配から解放することができると考えていた。

しかし、実際にはプーチンはそれよりもずっと以前からそんなことはさせないと心に決めていたのだ。

実際、プーチンは2012年の夏にクリミア半島に姿を現しているが、その時今日の事態を象徴するかのような出来事を演出していた。黒尽の衣装に身を包んだプーチンが三輪バイクにまたがって、先頭に立って頑強な民族主義者たちを率いている写真が公開された。彼らはウクライナの道を疾走していた。その時から、プーチンにとっては自分こそウクライナの真の統治者であると考えていたに違いないのだ。(筆者より:本段落でプーチンがクリミアで三輪バイクに乗ったのは2012年の夏と書かれているが、2010年の書き間違いだろうと思われる。)

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画像:http://www.afpbb.com/articles/-/2742719?pid=6006312

クリミア編入で賞賛を浴びるプーチン

クリミア政策という点に関しては、大多数のロシア人が自分を支持していることをプーチンは知っている。プーチンは状況を冷静に計算しながら、それ故に極めて平和的にクリミアを編入することに成功したことで、ロシア全土から賞賛の声が上がった。

クリミアがロシアの土地だという信念は全土に広がり、反対派の多くの人たちでさえ同じ考えを共有している。プーチンは先週の演説で、クリミアはロシアにとって愛しの場所であり、クリミアのためにロシア兵が戦い死んでいった歴史があると述べている。旧ソ連のゴルバチョフ元大統領も、欧米は制裁を科すのではなく、クリミアの住民投票の結果を受け入れ、歓迎すべきだという考えを明らかにしている。

プーチンの支持率はソチ五輪の成功によって既に上がり始めており、政府に対して批判的な世論調査機関の調査でも67%の支持率が記録されている。今はさらに80%という驚異的な数字になろうとしている。しかし、支持率の上昇が何だというのだろうか。クリミアの「再統一」は、かつての超大国だったソ連の継承国であるロシアが影響力の落ちた国として未来に反逆する中での最後の領土支配の挑戦なのだろうか? それとも、何世紀にもわたって自らを東欧の覇権国家だと自負してきた国がかつて失った土地を奪還しようとする大きな歴史のうねりが始まったということなのだろうか? プーチンは新帝国主義者なのだろうか? それとも、ロシアの安全保障だけを考えている単なる国民的な指導者にすぎないのだろうか?

一変した世界

先週を境にして世界は一変した。ウクライナ危機はロシアと欧米との対立をさらに拡大させるという結果になった。これからのロシアはますます中国とインドに注目するようになるだろう。一方、欧州議会のマーティン・シュルツ議長は、戦争の亡霊が再び甦ったと述べている。実際、ロシアの超党派の機関である外交防衛政策評議会理事会のヒョードル・ルキヤノフ会長は、次のように述べている。

「2007年に開催された第43回ミュンヘン安全保障会議でプーチン大統領が行った演説以来、ロシアが自らの影響力が及ぶ勢力圏内における欧米のお遊びをもはや認める考えはないことを誰もがきちんと認識しておくべきだったのだ。しかし、欧米はプーチンが演説で述べた内容を真剣に受けとめることはなく、ロシアの正統的な利益に対応するための戦略も考えてこなかった」

ルキヤノフ会長はさらに、欧米は欧州の新しい安全保障体制について議論しようするロシアの積極的な姿勢をことごとく無視してきた過去があり、常にロシアは欧州と米国との間にくさびを打ち込もうとしているのではないかという懐疑的な目を向けてきた、と述べている。プーチンの代理人であるメドベージェフ前大統領も2009年に欧州の安全保障に関する条約の草案を提示し、領土問題への対応と暴力放棄を訴えた。

しかし、我々はその時に真剣に話し合いのテーブルに着こうとしなかった代償を今になって払わされているのだ、と同会長は語っている。

ロシアにとって地政学的に重要なウクライナ問題

ロシアから見たウクライナ問題は何よりも地政学的な意味が大きい。旧ソ連時代には、モスクワとNATOの間は1,800kmという距離で隔てられていたが、米国がこれまでずっと望んできたように、もしウクライナがNATOに加盟したとしたら、この距離は一気に500 km以下に縮まることになり、ロシア軍はナポレオンやヒトラーの侵略から国を守ることができた戦略的な優位性を失ってしまうのではないかという懸念を抱いている。

ロシアの抱くこの不安の理由の一つとして、冷戦終結後の東欧の再編というトラウマを挙げることができる。ソ連崩壊から8年後の1999年、ポーランド、チェコ、ハンガリーがNATOに加盟した。2004年にはブルガリア、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、バルト三国がそれに続き、さらに2009年にはアルバニアとクロアチアもNATO加盟を果たした。1999年にNATOが旧ユーゴスラビアのコソボ紛争に介入し首都のベオグラードを空爆した時には、ロシアは激しい怒りを抱いた。

というのも、セルビアは何世紀にもわたってロシアの同盟国だったからだ。2008年に当時のブッシュ米大統領がグルジアとウクライナにもNATO加盟を拡大するという提案を行った時には、ロシアは屈辱を味わったのだった。

多くの選択肢を持つロシア

今やプーチンはロシア人が抱いていた屈辱感を晴らしている。3月18日に大統領府で行った演説の中で、プーチンは「バネも限界まで押さえつけられたら、激しく跳ね返すものだ」と述べた。プーチンはウクライナとの駆け引きにおいて決定的な優位をつかんでおり、主導権を握っている。プーチンの行動に対して、欧米が反応するという格好が出来上がっている。ロシアにはいくつもの選択肢があるのだ。

第一の選択肢は、プーチンがこのまま何もしないというものだ。このシナリオは、欧米の多くの人たちがウクライナ危機を収束させるための最良の方法だと考えている。欧米がロシアのクリミア編入に目をつぶるとしたら、プーチンはロシア系住民が多く居住するウクライナ東部への介入を行わなくても、ロシア国民からなおも賞賛を浴びることができるだろう。

さらに、別のシナリオとして、プーチンは親ロシア派の勢力と経済的な圧力、自らの握っている秘密情報機関を使ってウクライナの不安定化を図り、同国を内戦状態に陥らせることもできるかもしれない。このシナリオを現実のものとするためには、キエフの脆弱な暫定政権と議会はもってこいの相手であり、さらに独立広場での抗議デモで活躍した急進的な民族主義者グループの存在もプーチンにとってはありがたいことだろう。

実際、ウクライナ国内が既に分裂していることは明らかだ。キエフの暫定政権がロシア語を第二公用語にするのを禁止する法案への署名を棄権したのは、ドイツを含めたEUからの強い圧力があったからだ。この法案に対して、ウクライナ東部の住民からは怒りの声が上がっていた。

ウクライナの全輸出量の4分の1はロシア向けであり、昨年はロシアにいる290万人のウクライナ人労働者が30億ドルを本国の親類縁者に送金している。この金額は、ウクライナの国家予算の約10%に相当する。米国と欧州各国がウクライナに対して巨額の支援策を実施しない限り、ロシアがウクライナとの貿易をボイコットすれば暫定政権は一気に瓦解するだろう。

欧米のウクライナ支配を許さないプーチン

このような状況の中で、プーチンは、ウクライナはたとえ欧米からの支援を受けたとしても、遅かれ早かれ熟した果実のように自然にロシアの支配下に落ちるだろうという希望的観測の下で、時間稼ぎをすることができる。しかし、プーチンがウクライナを簡単に欧米の手に渡すことは決してないだろう。プーチンに近い位置にいる者の中には、それをさせないためにプーチンは戦争に打って出るだろうと考えている者もいる。

ロシア大統領府の強硬派はプーチンに対して、クリミアだけで終わらせるのではなく、本来ロシアに属している地域との再統合を進めるべきだと主張している。彼らは今こそ絶好のチャンスだと考えている。欧米のエリートの間でのプーチンの評価は既に地に落ちており、NATOがウクライナのために核戦争の危険を冒すことはないだろう。ドイツが例えばロシア語系住民が居住する工業都市であるドネツクのために犠牲を払おうと考えるという可能性はかなり限られている、とロシア大統領府の指導者たちは考えている。

政治学者のアレクサンドル・ナゴルノ氏は、「ロシアはウクライナの中で親ロシアの地域である南部および東部を支援し、ハリコフからオデッサにかけての地域一帯の安全保障を構築した上で、あえてその地域をロシア連邦に吸収しないという策を取るべきだ」という考えを明らかにしている。その上で住民投票を行えば、ウクライナを一種の連邦国家へと再編することができるかもしれない。そういう流れの中であれば、ロシアはウクライナに対する影響力を保持し、ウクライナのNATO加盟を防ぎ、戦争による流血の事態を避けることができるだろう。

欧米とロシアの貿易構造から見て制裁は欧州に不利

欧米は現在、制裁を発動することによって強制力をもってプーチンに主張を撤回させようとしている。これは欧州よりも米国にとって負担の軽い戦略だ。というのも、米国の対ロシア貿易は貿易全体のわずか1%にすぎず、ロシアの石油と天然ガスに依存する必要もないからだ。それに対して、ドイツの場合、対ロシア貿易は貿易全体の3%を占めており、貿易額にして765億ユーロに上る。

また、ドイツの石油および天然ガスの3分の1はロシアからの輸入に依存している。EUの政治家がロシアについて、ウクライナの将来に対する発言権を持つことは許されないと主張する時、これまでは説得力があるように聞こえたが、その言い分は実際には現実的ではないのだ。(筆者より:本段落の中で、米国の対ロシア貿易は貿易全体の1%、ドイツの対ロシア貿易は貿易全体の3%という記述があるが、それぞれ10%、30%の書き間違いではないかと疑っているが、私の疑いが正しいものかどうかは確認できていない。)

ウクライナに関する限り、プーチンはドイツのメルケル首相に騙されたと感じている。モスクワに活動の拠点を置く政治学者であり、プーチンに対して最も忠実な人物の一人であるセルゲイ・マルコフ氏は、「欧米の真の狙いは厄介なプーチンを権力の座から追い落とすことだ」と述べている。だからこそ、欧米が最初に制裁を発動した時の対象にしたのはプーチンと友人関係にある億万長者たちだったのだ。欧米はロシアの経済界のエリートを反プーチンにしようとしているのだ、と同氏は語っている。

しかし、少なくとも短期的・中期的には、欧米による制裁はプーチンの立場を強くする可能性が高い。プーチンの宣伝組織は経済的な問題は全て欧米のせいだという情報を流し、ロシア国内で多数派を形成している保守的な反欧米派を結束させようという動きに出るだろう。1年前にモスクワで公表されなかった調査の結果、プーチンは多数派の支持を失ったとされているが、そのモスクワでさえも、制裁は欧米によるロシアに対する侮辱だと見なされるだろう。

圧力に対して圧力で対抗するロシア人の国民性

あることわざにあるように、ロシア人は非常に忍耐強い民族だが、その分だけ反発は激しいものになる。ロシア人は圧力に対しては圧力で対抗する国民性を持っており、外部からの批判に対しては自ら挑戦するのが伝統だ。1830年に当時の帝政ロシアが現在のウクライナ西部からバルト三国にかけての地域で起こった暴動を暴力で鎮圧した時、フランスが怒って激しく抗議したことがあった。当時のフランスはロシアに対して軍事力を行使すると恫喝した。

それに対して、ロシアの有名な国民的詩人であるアレクサンドル・プーシキンは、「ロシアの悪口を言う者たちへ」という詩を書き、反抗の意思を表したのだった。「何をそんなに文句を言っているんだね。演説家にでもなったつもりなのかね? なぜロシアを呪い、脅すのかね? やめたまえ、これはスラブ人同士の戦いだ。昔から続いている同じ国の中の争いであり、既に宿命づけられているのだ。お前たちが決める問題ではないのだ」

欧米の制裁に対する最近のロシアの反応を見ると、プーシキンの時代と変わっていないことがわかる。プーチンは米国が制裁の対象としたロシア銀行に口座を開くつもりだと発表しており、大統領府の補佐官たちも制裁リストに載ったことに誇りを感じているという考えを表明している。ロシア議会下院の450人の議員うちの353人が自分たちも制裁リストに加えてほしいという要請を出している。今のロシアはプーシキンの時代とたいして変わっていないようだ。

『シュピーゲル』とロシア国営放送局の報道比較

以上が、『シュピーゲル』の記事のまとめになる。上にご紹介した記事の中で、ロシアと米国、ロシアとドイツの貿易についての記述があるが、この三者間の経済関係については3月8日(EUとロシアの密接な経済関係)、3月9日(ロシアに巨額投資している米国大企業)、3月28日(エネルギーの輸入に依存する欧州のジレンマとは?)の寄稿で詳しい内容をご紹介しているので、そちらを参照していただきたい。

また、『シュピーゲル』の記事では、ウクライナの全輸出量の4分の1はロシア向けであり、昨年はロシアにいる290万人のウクライナ人労働者が30億ドルを本国の親類縁者に送金していると報じられているが、これに関連して、ツイッターのロシアに詳しい方たちが集まっているロシアクラスタのある方の最新のツイートによると、3月30日のロシア国営放送局の報道では、現在ウクライナ国境では19歳から60歳のウクライナ国民の越境手続きがスムーズに行われておらず、毎年300万人のウクライナ人がロシアへ出稼ぎに行き、200億ドルをウクライナの家族に送金していると報じられていたという。

さらに、『シュピーゲル』の記事では、ドイツとロシアとの貿易において、ドイツは石油と天然ガスの3分の1をロシアからの輸入に依存しているため、ドイツにとっては不利に働くという考え方が紹介されているが、EUとロシアの貿易についてこれとは逆の主張を展開する論者もいる。その論者とは、ドイツのミュンヘン在住(1990年から)で欧州の事情に詳しいジャーナリストである熊谷徹氏だ。

ドイツ在住ジャーナリストである熊谷徹氏の欧露の経済分析

熊谷氏は3月19日に日経ビジネスに発表した「欧露の貿易戦争で深い傷を負うのはロシア ウクライナ危機と西欧の苦悩」と題する論考の中で、次のように述べている。かなり長くなるが、引用させていただきたい。

ドイツの経済界では、「ロシアとEUとの貿易戦争は、EU経済にも苦痛ではあるが、ロシアにとっては死活問題になるだろう」という見方が有力だ。つまり貿易戦争のダメージは、EUよりもロシアにとって大きくなるというのだ。その最大の理由は、ロシア経済が天然資源の輸出に極端に依存するモノライン型経済であることだ。ロシアは世界最大の天然ガス輸出国。原油輸出国としてもサウジアラビアに次いで世界第2位だ。ドイツの連邦貿易庁は、ロシア政府の歳入の約60%がエネルギー産業からの税収だと推定している。ロシアの国内総生産の大半はエネルギー輸出に依存している。

経済協力開発機構(OECD)によると、ロシアは2008年まで国家財政が黒字だったが、2009年と2010年には財政赤字に転じた。原油価格が下落したために歳入が大幅に減ったからである。OECDは、「ロシアの経済成長率は、ウラル産の原油価格の変化率とほぼ平行している。同国の経済は、天然資源に過度に依存している」と指摘している。2008年第1四半期のロシアのGDPの成長率は、高い原油価格に支えられて前年同期比9.2%を記録したが、原油価格が伸び悩んだ2013年の第3四半期には、1.2%に落ち込んでいる。

EUはロシアの最大の貿易パートナーである。欧州連合統計局によると、EUとの貿易額は、ロシアの貿易額全体の41%を占める。2012年のEUとロシアの貿易額は2675億ユーロ(約37兆4500億円)で、2番目に大きい中国・ロシア間の貿易額(641億ユーロ)を大きく引き離している。米国のエネルギー情報局(EIA)によると、ロシアが輸出する原油の84%、天然ガスの76%がEU向けだ。

ドイツの卸売・貿易・サービス業連合会(BGA)のアントン・ベルナー会長は、「もしもEUがロシアの天然ガスと石油の輸入を停止したら、ロシアには大きな打撃になるだろう」と語る。BGAは、「ロシアのエネルギー企業の売上高は、この禁輸措置によって1日当たり1億ドル(約101億円)ずつ減るだろう」と推測している。

(中略)

EUが経済制裁を行った場合、プーチン大統領は報復措置に出るかもしれない。だがドイツのエネルギー業界関係者の間では「EUへの天然ガスや石油の供給をロシアが自ら打ち切る可能性は低い」と見る向きが多い。これまでに述べたように、ロシア経済はエネルギー輸出への依存度が高い。冷戦の時代やアフガニスタンをめぐる危機、ソビエト連邦が崩壊した時にも、ソ連が天然ガスや原油の西欧向け供給を止めることはなかった。「政治は政治。ビジネスはビジネス」だったのである。

だがロシアが天然ガスや原油の供給量を減らして、エネルギー価格を引き上げようとする可能性はある。実際、ガスプロムはウクライナの新政権に対しては報復措置を発動している。ガスプロムは去年12月にウクライナ向けの天然ガスを約29%値引きしたが、3月に入ってこの値引き措置の撤回を発表した。

(中略)

ロシアのダメージの方が大きいとはいえ、EU側も無傷ではすまない。その中で最も大きな被害を受けるのは、ロシアの最大の貿易パートナーであるドイツだ。ドイツとロシアの貿易額は約760億ユーロ(約1兆640億円)。ドイツは単独の国としてはロシアから最も多くの天然ガスと原油を輸入しており、ロシアに対して44億ユーロ(約6160億円)の貿易赤字を抱えている。

ドイツはロシアに主に自動車や機械製品を輸出している。ただし、輸出先としてのロシアの重要性は低く、ドイツの貿易相手としては上から11番目にすぎない。それでも、一部のドイツ企業はウクライナ危機がエスカレートしていることに頭を痛めている。たとえばドイツの経済界は、ロシア政府が欧州企業の資産や銀行口座を差し押さえる可能性について危惧している。ロシア議会上院は「欧米企業の資産没収を可能にする法案」を準備することを3月初めに表明し、同国に投資している欧米企業に強い衝撃を与えた。

現在ロシアでは約6300社のドイツ企業もしくは関連企業が活動しており、その投資額は200億ユーロ(約2兆8000億円)に達する。たとえば欧州最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲンは、ボルガ川に面したカルーガに5000人が働く自動車組立工場を持っており、年間29万台を販売している。

ドイツのメルケル首相が、ロシアに対する経済制裁について、当初慎重な態度を崩さなかった背景には、ドイツとロシアの両国が傷つくことを危惧していたからに違いない。


実際にドイツに住んで、欧州の現場から欧州事情を取材している熊谷氏の解説は具体的な事実と数字がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれており、極めて具体的であり、説得力を感じるのは私だけではないのではないか。

【参照記事】

Spiegel: ‘Dear to Our Hearts': The Crimean Crisis from the Kremlin’s Perspective

熊谷徹氏: 欧露の貿易戦争で深い傷を負うのはロシア ウクライナ危機と西欧の苦悩(日経BP)

Photo : en.wikipedia.org